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菜の花と泣き顔  ~抱きしめた背中から教わったこと~

 長男がまだ一人っ子だったころの話。

 ある春の晴れた日。てこずっていた仕事がようやく片付いたので、思い切って仕事を休みにして、小さな息子と二人で遠くの大きな公園まで足を伸ばすことにした。


平日の公園は人も少なく穏やかで、たくさんの菜の花が広がっていた。ひらひらと飛ぶもんしろちょう。息子はうれしそうに「ちょっちょ~、ちょっちょ」と蝶をおいかけて走りはじめた。つい、いいところを見せたくなった私は、「ちょうちょつかまえようか。お母さん、つかまえるの得意だったんだよ」とちょっと威張って見せる。

 

 よーい、どん! 息子と二人で蝶をおいかけた。なんだかとても楽しくてつい本気になってしまった。ほんの数分だったと思う。気づくと一緒にいたはずの息子がいなくなっていた。あわててあたりを見回す。そこらじゅう駆け回りながら名を呼ぶ、叫ぶ。でもどこにもいない。10分、20分、30分…。探しても息子は見つからなかった。どこにいるの? 

 

 ほんの少し目を離しただけなのにあの子はどこにいっちゃったんだろう。まさか、誰かにつれていかれたりしてないよね。ふと嫌なニュースが頭をよぎる。情けないことに私自身も半べそをかき始めていた。

 どうしていなくなっちゃったのよお!!! なんでいなくなったのよお!!! 

 

 そんなことわかりきっている話だ。私が目を離したから。息子よりも、自分がちょうちょに夢中になってしまったからだ。ごめんなさい…。

 

  公園事務所は遠い。この場を離れて届けに行くべきか、それとももう少し周辺を探すべきか。あせる気持ちをめぐらせていたら、ぐちゃぐちゃの泣き顔の息子が目に入った。知らないおじいさんに手をひかれている。思わず名を叫んでかけよる私。おじいさんも、ほっとしたように「お母さんはどこ?って聞いたら、きいろのおはなっていうから。こんな小さな子、目離しちゃだめだよ」とひと言。笑顔で立ち去った。

 

 私は声を振り絞って「ありがとうございました」と言い、何度もペコりペコりとひたすら頭を下げた。

 この子の言葉を信じて、おじいさんは息子を菜の花が咲く場所までつれてきてくれたのだ。 「ごめんね。あのおじいさん、やさしい人でよかった。こわい人じゃなくてよかった。ほんとにごめんね。きいろいおはなって言えてえらかったね」

 

 そう何度も繰り返しながら、息子を抱きしめた。 息子の背中は波打っていた。全身から不安だった気持ちを吐き出している。それがこの腕に伝わってきた。今でもあの感触は忘れない。 小さな子どもは目を離しちゃいけない。身をもって知った。

 

 子育てでは、言葉にすれば簡単なようなことでも案外できてなかったりすることがじつはたくさんある。子どもの成長とともに、さまざまなことに親は気づかされる。昨日も今日も明日も明後日も。

 母業の道は楽しくも険しく続いていく。

イラスト:菜の花

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